パルクールとか米倉涼子とかパラリンピックとか
もやっとした話が苦手なんですが、どこにいても似たような話多いですね。
先日もさぁオープンするぞという葬儀場がオープンだからと
紅白の垂れ幕がかかっていて、そこはあえて紅白掲げないのが
正解ではないのかと思っていたりします。
最近のニュースではパルクールがオリンピック種目になるという
話題がここ半年くらいで第2位のもやもやかも知れません。
オリンピック種目になる可能性あるとかないとかで、頑張っている選手の
特集があったり、こんなスポーツですよと紹介したり最近よく見かけます。
かっこよく飛び跳ねたり、くるっと回ったり、あそこまでやろうと思うと
山ほどけがして痛い思いをしてきたんだろうなと思ってみています。でも
オリンピック種目になると練習のために、手すり足で踏んづけたり、
人が座る場所に靴のまま上がったりするのはアリにするんだと思ったりしています。
最近は僕もこういうことを感じてもきちんと聞き流せるようになっています。
僕的にはどう考えてもおかしいんですが夢とか希望に乗せるとなんでもありに
なってしまっているのはどうなんだろうと思うし、自分がいろいろ事業上の判断を
する上でここに疑問を感じるのはとても大事だと思っています。
行儀が悪いとかそういうのは考え方の問題なので、どっちでもいいんですが、
理屈が合わないことが苦手です。
パルクールがオリンピック種目になるかも。。。
まではわかります。で、手すり踏んづけたりするスポーツがあって、
それを認める団体がパラリンピックもやってる。。。
パラリンピックとかに出る身体的に一定の制約がある方が利用する
補助具をぞんざいに扱われる事実とかが、理屈に合ってんだろうかとは感じます。
そうです。僕はめんどくさいんです。祭りの雰囲気でごまかされたりはありません。
リオのカーニバルとかの脇で仏頂面できる自信があります。
まぁそういうことも含めて気づくことが大事だとしか思っていないので、
どうこう言いたくもなりません。ただ変だなぁと思います。
加藤茶が『ちょっとだけよ』って言ったら怒るくせに
米倉涼子が『ちょっとだけよ』って言っても怒りません。僕はどっちも
問題ないと思いますが、茶が×で涼子が〇になってしまう人は大嫌いです。
CMとかにクレームつける人とかめんどくさそうなので関わりたくないですが、
自分が茶軍、涼子軍どちらの所属かはきちんと知っておきましょうとは思います。
茶軍の人は流れ弾に気を付けましょう。俺茶だし。
日頃当たり前に流れることに疑問を持ったり、気に入らないと感じる
のはとても大事だと思います。そこからどう立ち回るかは場面場面で違っていいのですが、
当たり前に流れていることは結構変なことが多いのです。
もうすぐ年度も替わります。変わり目を使って、当たり前にメスを入れたり
今起きている〇〇は果たして正しいのか?一度考えてみるのもいいかも知れません。
僕も気を付けようと思います。